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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)215号 判決 1984年7月23日

原告

星野博

右訴訟代理人

松尾一郎

被告

千代田興業株式会社

右取締役会の選任した代表者

星野つや子

右訴訟代理人

山口博久

遠藤昭

主文

被告の昭和五八年一〇月二〇日付新株式二万株の発行はこれを無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「1原告の請求を棄却する。2訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、被告の代表取締役であり、株主でもある。

被告は、昭和三五年三月七日設立された、後記新株発行に至るまで資本の額一四〇〇万円、発行済株式の総数二万八〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であつて、その株主は原告(二万〇五五〇株)、その妻つや子(以下「つや子」という。四四三〇株)、右両名の長男星野敏夫(以下「敏夫」という。)、同長女星野くみ子(以下「くみ子」という。右両名合計三〇二〇株)の四名であり、取締役は原告、つや子(以上両名が代表取締役)、敏夫の三名であるが、昭和五八年一〇月一九日を払込期日として、一株の金額を五〇〇円とする額面新株式二万株を発行し(以下、「本件新株発行」という。)その旨の株式会社変更登記を経由した。

2  しかし、本件新株発行は、次の理由により無効である。

(一) 被告(代表取締役つや子)を申請人とする前掲会社変更登記の申請書に添付された昭和五八年一〇月五日付取締役会議事録(以下「本件議事録」という。)には、同日午前一〇時川口市柳根町二二番一号所在の被告本店において被告の取締役会が開催され、取締役三名全員へ原告、つや子、敏夫が出席し、全員一致の意見をもつて

(1) 額面普通株式二万株(額面金五〇〇円)を発行する。

(2) 新株の発行価額は一株につき金七五〇円とする。

(3) 払込期日は昭和五八年一〇月一九日とする。

(4) 募集の方法は全部公募の方法による。

旨の決議がされたこととなつているが、その記載は虚偽であり、また、本件議事録中の原告の署名押印部分は偽造であつて、右取締役会が開催された事実はない。

(二) 被告は、本件新株発行について商法二八〇条の三の二所定の新株発行事項の公告又は株主への通知をなしていない。

(三) 前掲変更登記申請書添付の株式申込証及び株式払込金保管証明書には、つや子が新株二万株を引受けて、金一五〇〇万円の払込をなしたとされるが、同人には金一五〇〇万円の払込をなす資力はなく、被告の資金を流用して払込を仮装したものであつて、株式払込の実体はない。

よつて、原告は、本件新株発行を無効とする旨の判決を求める。

二  被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、原告主張のような内容の本件議事録が存すること、同議事録に表示された取締役会が開催された事実はないことは認め、その余は否認する。

(二)  同2(二)のうち、被告が本件新株発行について商法二八〇条の三の二所定の新株発行事項の公告をなしていないことを認め、その余は否認する。

(三)  同2(三)のうち、原告主張のような内容の株式申込証及び株式払込金保管証明書の存することを認め、その余は否認する。

三  被告の反論及び抗弁

1  被告の設立当初は、代表取締役の原告が専ら単独で被告経営に当たつていたが、その後原告の妻であるつや子も経営に関与するようになつた。原告は、昭和四七年八月ころから殆んど被告の経営に関与しなくなつたが、同五四年四月川口市議会議員に選出された後は、全く被告の経営から手を引き、専ら、つや子がその任に当たるようになつた。そして、つや子は、昭和五四年一二月一九日被告の代表取締役に就任し、原告から被告の経営の一切を委任され、以後、名実ともに被告の経営者となつたが、本件新株発行については、昭和五八年八月ころ原告にその旨説明し、原告の了承を得た。

右のとおり、原告は、本件新株発行について事前に了承しており、前記取締役会議事録も原告のつや子に対する前記の包括的委任に基づいて作成されたものである。

したがつて、本件新株発行は、形式的には被告の取締役会の決議を経てはいないけれども、それがあつたと同視しうる実体があるのであるから、本件新株発行は取締役会の決議に基づくものと看做すべきである。

2  被告は、本件新株発行について商法二八〇条の三の二所定の新株発行事項を各株主に対し口頭で通知したから、同条に違反する事実はない。

3  (権利濫用の抗弁)

被告は、設立当初から、鉄工業を営んできたが、昭和五〇年ころから業界不況の影響を受けて、経営が苦しくなり、社有地を処分する等して辛うじて会社を存続させてきたものの、昭和五七年に入ると、役員報酬も出せなくなる事態に立ち至つた。然るに、原告は、被告又はつや子のために何らの援助をすることなく、依然として同人に被告の経営を任せきりにしていた。

つや子は、被告のかかる事態を打開するため、鉄工業に見切りをつけ、新たにパチンコ店を営業することを決め、準備に奔走した結果、昭和五八年六月二三日パチンコ店の開業にこぎつけた。その後、パチンコ店の業績は順調な伸びを示し、被告の経営にも好転の兆しが見え始めた。

ところが、被告の経営状態が好転し始めるや、原告は突如として、それまで顧みることがなかつた被告の経営に口を出し始めようとしたため、つや子が、原告のかかる勝手な態度を非難したところ、原告は被告の経営に関与することを断念し、前記のとおり本件新株発行についても了承したのであつた。

然るに、原告が被告の経営権をめぐる争いを蒸し返し、その経営全てをつや子に一任していたことを全く忘れたかの如き態度で、株主としての権利に固執し、本件新株発行の無効を主張することは、信義則に反し、権利の濫用であつて、許されない。

第三  証拠<省略>

理由

一被告は、昭和三五年三月二七日設立された、本件新株発行に至るまで資本の額一四〇〇万円、発行済株式の総数二万八〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であつて、その株主は、原告(二万〇五五〇株)、その妻つや子(四四三〇株)、右両名の長男敏夫、同長女くみ子(両名合計三〇二〇株)の四名であり、取締役は、原告、つや子(以上両名が代表取締役)、敏夫の三名であるが、昭和五八年一〇月一九日を払込期日とする本件新株発行(一株の金額を五〇〇円とする額面株式二万株の発行)をし、その旨の株式会社変更登記を経由したこと、右変更登記の申請書に添付された昭和五八年一〇月五日付本件議事録には、同日午前一〇時川口市柳根町二二番一号所在の被告本店において、被告の取締役会が開催され、取締役三名全員(原告、つや子、敏夫)が出席し、全員一致の意見をもつて、(1) 額面普通株式二万株(額面金五〇〇円)を発行する、(2) 新株の発行価額は一株につき金七五〇円とする、(3) 払込期日は昭和五八年一〇月一九日とする、(4) 募集の方法は全部公募とする旨の決議がなされたとの記載があるが、右議事録に表示されたような取締役会が開催された事実はないこと、前掲変更登記の申請書に添付された株式申込証及び株式払込金保管証明書には、つや子が新株二万株を引き受けて、金一五〇〇万円の払込をなしたとの記載がなされていることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件新株発行につき公募の手続を一切とつていないことが認められる。

二本件新株発行の無効について

1  取締役会決議の不存在

本件議事録に表示されたような被告の取締役会が開催された事実がないことは、前記のとおり当事者間に争いがないところ、被告は、本件新株発行について原告の事前の了承があつたから、これについて取締役会の決議を経たと同視しうる実体が存在し、したがつて、右新株発行は有効である旨主張するが、仮に右新株発行について原告の事前の了承があつたとしても、取締役会の決議は過半数の取締役が出席する会議体でこれをなすことを要し(商法二六〇条の二第一項参照)、右以外の方法による決議は、無効と解すべきであるから(最高裁判所第一小法廷昭和四四年一一月二七日判決民集二三巻一一号二三〇一頁)、被告の右主張は理由がない。

2 もつとも、弁論の全趣旨によれば、本件新株発行は、つや子が被告の代表取締役としてなしたものであることが認められるから、なお、代表取締役が取締役会の決議を経ないでなした新株発行は無効か否かという観点から本件新株発行の効力を検討すべき余地がある。しかしながら、前記一の当事者間に争いがない事実及び認定事実によれば、本件新株発行なるものの実体は、せいぜい被告の代表取締役つや子が、敏夫の同意を得て(この点も明らかではない。)、被告として二万株の新株を発行することを決定し、これについて公募の手続をとることもなく、自ら新株全部の引受人として金融機関に対し払込みの手続をとつたうえ、本件議事録、つや子が被告に対し新株二万株の引受けを申し込む旨記載した株式申込証など株式会社変更登記申請に必要な書類を作成して右登記申請に及び、これが経由されたというにすぎないものと推認され、しかも、つや子の右新株引受は会社と代表取締役との間の自己取引であつて(右取引について被告取締役会の承認を得たことは、被告において主張しないところであり、かつ、その証明もない。)、本件新株発行は、これを被告の業務執行に準ずる行為とみるべき限りではなく、被告会社の資本を増加させるとともに、つや子の持株数のみを増加させることにより、同人の株主総会における議決権の比率を著しく高め、原告その他の株主のそれを相対的に低下させるという結果をもたらすものであつて、専ら、被告の人的・物的基礎に変動をもたらす組織法上の行為と目すべきであり、かかる性質を有する本件新株発行は、有効な取締役会の決議を経ることを要し、これを欠く場合には無効と解すべきである。また、本件新株発行を無効としても、取引の安全が害されることが全くないことは、前記事実から明らかであつて、このことも右判断を支える一つの事由たりうるというべきである。

3  よつて、有効な取締役会決議を経ずに行われた本件新株発行は、新株発行事項の公告又は株主の通知の有無がその効力にどのような影響を与えるかを論ずるまでもなく、無効とすべきである。

最高裁判所第二小法廷昭和三六年三月三一日判決民集一五巻三号六四五頁は本件と事案を異にする。

三権利濫用の主張について

被告は、原告がつや子に対し、被告の経営を一任しており、かつ、本件新株発行についても事前に了承していながら、被告の経営権に関する争いを蒸し返し、株主としての権利に固執して、本件新株発行の無効を主張するのは信義則に反し、権利の濫用である旨主張するけれども、新株発行無効訴権は、株主の共益権の発現形態の一つであつて、特定の株主が全株主の利益を代表して、内容的、手続的瑕疵がある新株発行の効力を否認しようとするものであるから、原告が被告の株主である以上、仮に本件訴え提起の目的が専ら被告の実質上の経営者の地位を回復するにあつたとしても、そのこと自体は(原告が経営者の地位を回復することが被告に多大の損害を与えることとなる特段の事情があるときは別論といいうる余地があるとしても、そのような特段の事情の主張もこれを認めうる証拠もない。)新株発行無効訴権の右目的を阻害するものとはいえないから、被告の右主張は採ることができない。

四結論

以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨 小池信行 深見玲子)

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